登山・花日記

夫婦で始めたきままな山歩きの記録です。

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曹洞宗大本山永平寺参拝

H25年4月16日~17日、福井県の永平寺を参拝してきました。

自分が住む三湯町には楊林寺がある。楊林寺は昨年末に本堂が新築落慶した。

これを機に護持会にて永平寺参拝を企画し実施された。

楊林寺の檀家は200軒程度、自分は墓地だけ所有の檀家の端っくれであるが参加することとした。

行程は以下に
16日:楊林寺P~北関東道~上信越道~北陸道~福井北IC~永平寺~ホテル千千(泊)
17日:ホテル千千~東尋坊(見学)~兼六園(見学)~北陸道~上信越道~北関東道~楊林寺P

【楊林寺P出発】
5時半発。バスの車内では飲み食い以外は何もすることがなく、車窓に繰り広げられるパノラマからついつい山を追ってします。

上信越道から迫力ある表妙義山です。次に裏妙義山を。そして浅間山もすっきりと。
妙義山

北陸道に入り雪を被った妙高山です。戸隠山黒姫山もまだ雪たっぷりでした。好天であれば良く見える立山連山はガスに見え隠れ、白山はすっぽり雲に隠れている。
3妙高山

元巨人軍松井選手の「松井記念館」を。写真中央のオレンジの屋根。
5松井記念館

【永平寺】
今から約750年前の寛元2年(1244)道元禅師によって開創された「日本曹洞宗」の第一道場で出家参禅の道場とのこと。境内は約10万坪(33万平米)、樹齢約700年といわれる老杉に囲まれた静寂なたたずまいの霊域に、七堂伽藍を中心に70余棟の殿堂楼閣が建ち並んでいる。
お土産やさんの続く門前町を歩いていくと両端に石碑のある「正門」が現れる、ここが永平寺の入口だ。
6永平寺

緑が美しいゆるやかな上り坂を先へと進む。しばらく行くと左側に大きな「通用門」が現れる。参拝者はこの通用門から入る。
8永平寺・通用門

通用門を入ると正面に鉄筋コンクリート造りの「吉祥閣」。参拝者の受付、講堂、宿泊施設のある建物だ。ここで靴を脱ぎ、雲水さんにこの先は案内をしてもらう。
11永平寺・吉祥閣

山門(さんもん)。総欅(けやき)造りの唐風の楼門で間口9間、奥行き5間の二重層からなる。修行僧が正式に入門する永平寺の玄関に当たる。
12永平寺・山門

門の上を仰げば正面に「吉祥(きちじょう)の額」といわれる扁額(へんがく)がある。
24永平寺・山門天井
13永平寺・山門

鐘楼堂。山門の参道脇にあり大晦日のNHKで放送される鐘とのこと。
14永平寺・鐘楼

大庫院。永平寺の食事を作るための厨房である。正面には足の速さで有名な「韋駄尊天」が祀られていて、日常の食事と仏道とは別物ではないという道元の考えから、調理、食も修行のひとつとなっている。
15永平寺・大庫院

庫院前に懸けられている「擂粉木(すりこぎ)」は、仏殿建立に使用された地突き棒を丸めてスリコギに仕立てたもの。三度なでれば女性は料理上手に、男性はごますり上手になれるとか。
16永平寺・大やすり棒

階段状の回廊。毎朝毎朝、雲水さん達が雑巾がけをし、美しく光っている階段を上へと進む。階段の段差が小さいがこれは僧侶の法衣の裾を踏まないようにとのこと。
9永平寺・階段

法堂。永平寺の伽藍で一番高いところにある。
永平寺の法堂は380畳敷で客殿を兼ね一山の住職が修行僧に説法をする場所。
17永平寺・法堂
18永平寺・法堂

法堂前から大庫院方面を見る。
23永平寺・法堂から大庫院を見る

承陽殿。御開山道元禅師の御霊骨と二代尊の御霊骨が奉祀されているとのこと。
19永平寺・承陽殿

僧堂から見る庭園
20永平寺・僧堂から見る庭園

傘松閣。この傘松閣には160畳敷きの大広間があり、絵天井の間として有名。 その格天井は一流の日本画家144名の力作よる花鳥彩色画230枚がある。花鳥彩色画230枚のうち、5枚(3種類)が花鳥画以外の彩色画となっている。「鯉」・「唐獅子」がそれぞれ2枚づつ、「栗鼠(りす)」が1枚。
21永平寺・傘松閣

勅使門(唐門)。「通用門」から先へも道は続き、老杉に囲まれた細い階段の上には「勅使門」がある。宮中からの勅使などが入山する際の門との事である。
22永平寺・山門入口


【東尋坊】
東尋坊(とうじんぼう)は、福井県坂井市三国町安島に位置する崖。越前加賀海岸国定公園に属する。大きな輝石「安山岩」の柱状節理が約1.5kmも続く北陸屈指の景勝地です。
荒々しい岩肌に豪快に波が打ち寄せるさまは、まさに絶景です。。
25東尋坊
28東尋坊
29東尋坊
31東尋坊
27東尋坊
26東尋坊

屏風岩
30東尋坊
32東尋坊

【兼六園】
兼六園(けんろくえん)は、石川県金沢市にある日本庭園。国の特別名勝であり、日本三名園の一つに数えられる。
33兼六園・小立野門

明治記念之標。明治政府ができたときにつくられた建国の祖“日本武尊(やまとたけるのみこと)像”。人物を模した大きな像としては、日本最古であるとのこと。
33兼六園・明治記念之碑

熊谷桜。「兼六園」を代表する桜樹の一つ、ヤマザクラの栽培品種「兼六園熊谷」の原木が満開である。花付がよく濃い花色、特に花弁の縁がやや濃くとても豪華でした。「牡丹桜」の別称もあるとか。
34兼六園・熊谷桜

七福神山。七福神に見立てた七つの自然石を配してあることから、この名が付いた。別名、福寿山。
35兼六園・七福神山

唐崎松。兼六園のなかで最も枝ぶりの見事な樹木。雪の重みによる枝折れを防ぐために施される雪吊りは、冬の訪れを告げる風物詩としても有名。
36兼六園・唐崎松

徽軫灯籠(ことじとうろう)と霞ヶ池。兼六園のシンボルとしてよく知られ、観光写真でも度々登場する2本脚の灯籠。
37-1兼六園・灯籠と虹橋

現存する日本最古の噴水と言われ、霞ケ池を水源に自然の水圧で高さ約3.5mまで噴き上がる。
38兼六園・噴水

根上松。大小40数本もの根が地上2mにまでせり上がった奇観はたいへんな迫力で、兼六園名物の一つとなっている。
40兼六園・根上松

雁行橋。雁行橋(がんこうばし)は、霞ヶ池から流れる水路(兼六園の東端)に架かる橋。11個の戸室石で構成され石の配置が雁が空を飛ぶ逆V字隊形のように見えることからこの名前が付いているとか。
43兼六園・雁行橋

春先とは思えないほどの暖かな北陸の旅、地元の皆さんとリラックスした二日間でした。幹事の方々、参加者の皆さんありがとうございました。

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「がんばろう東北」・宮城県被災地視察研修

H23年11月27日、宮城県被災地視察研修に参加した。

被災地がいったい今どうなっているかを自分の目で確かめ、「がんばろう東北」の応援に出かけようとのことで計画された視察研修である。

当初の視察研修計画では1泊2日、その後日帰りに変更され日程が決まったのは当日の1週間ほど前であった。幹事の御苦労のほどが窺える。

主催:湯遊会(自分が住む地区住民の集まり)
日時:11月27日 6時00分~19時30分
場所:宮城県石巻港
参加者:38名

被災地関連レポは以下
・H23年7月29日(金)~8月2日(火):福島支援活動への参加

東北道を北上するに従いバスの車窓からは雪を被った東北の山々が見え隠れする。
車内では何もすることはない。ぼ~と山並みを眺めていた。
【安達太良山】
今年は行けなかったなあ~。
安達太良山2

【一切経山】
ピークは真っ白、雪が多そうだなあ~。
一切経山3

【蔵王】
来年は花時季に南蔵王を歩いてみようかなあ~。
蔵王4

【石巻港】 (車窓から撮ったものです)
バスは石巻港ICを降り石巻工業港へ。
宮城県石巻市。旧北上川の河口に位置し、宮城県北東部地域を代表する都市は、東日本大震災によって、風光明媚だったその姿を大きく変えられてしまった。地震の直後に押し寄せた巨大な津波が、沿岸部の住宅や田畑などをことごとく破壊。沿岸部の街はガレキの山と化してしまった。
この一帯は津波だけではなく誘発して引き起こされた火事が被害を拡大させてたようです。
まさに壊滅状態、震災前の様子をここからうかがい知ることはもはやできません。

津波で流された車の残骸が山と積み上げられている。
津波で流された車の山5

ガレキの山が至る所で見られる。処理処分が追いつかないとのこと。
瓦礫の山6

この巨大な容器(缶詰缶の看板であったそうです)が津波災害の象徴的存在。
何百トンもある容器が津波で流されこの位置で止まったとのこと。
この容器と壊れた建物の間にボランティア集団と思しき人が見られた。
石巻港7

穏やかな石巻港。この穏やかな海が大暴れするとは考えられない。
石巻港8

住宅街は壊滅状態。
石巻港9

【がんばろう石巻】
この看板のところでバスを降り、亡くなられた方に献花、焼香をする。
石巻港11

代表者による献花。
献花12

全員で焼香。
焼香13

集合写真。
集合写真14

写真右奥の建物は小学校。津波の後の火災により甚大な被害が出たとのこと。
この奥に高台の上に住宅街が見えるが被害は少なかったとのこと。
地盤の高低差や、海や川との距離が、運命を分けてしまう。
石巻港10

地盤が低下し海水が引かない所も見られる。
石巻港15

この付近の津波は10m~15mもあったとか。
石巻港16

【日本製紙工場】
製紙工場は、今回の津波でかなりの被害を受けたものの、操業を開始している様子。
復興の芽も出ています。
日本製紙工場

【松島】
被災地視察を終え、松島で昼食。
お土産屋さんやレストランなどは多くの観光客で賑わい、東北屈指の観光地が元の姿に戻りつつあるのではと思われた。
昼食後付近を散策した。
松島17

【五大堂】
松島18

【松島湾】
松島19

【瑞巌寺洞窟群】
瑞巌寺洞窟群20

【観爛亭の紅葉】
紅葉22

【福浦橋】
福浦橋23

震災から9ヶ月になろうとしている今の被災地を目の当たりにし、被害の甚大さはニュース等では知り得ていたが、それをはるかに超えるものであった。
自然の驚異、常日頃からの危険予知、命の尊さなどを改めて感じさせられた一日でした。

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